2人の祖母の残したガラクタ=不用品との戦いの日々

私の実家にはありえないほどの物がありました。一時期は一般家庭の10倍はあったと思います。家の隣には父方の祖母宅がありましたが、祖母が施設に入ったあと、その家をリフォームしてそこに母と私と妹で住むことになり、不用品を処分しなくてはならない状況に追い込まれました。ガラクタとの戦いがここから始まりました。祖母は「物を溜め込む」というより「捨てない」人でした。例えば引き出物でもらったシーツ類や粗品タオルで押し入れの中がいっぱいになり、祖父の仕事関係の書類、昭和初期の物と思われる前掛けや食器、調理器具などの生活用品、ありとあらゆる物が出てきました。
母親は片付けが不得意中の不得意で、「片付け」というよりは段ボールに物を詰め、空いている小屋に運んだだけでした。さらに雪害のせいで空き家になっていた母方の祖母の家にあった不用品もこの小屋に運びこまれることになりました。小屋があったのでまだよかったのですが、やがて知人から車を譲っていただけることになり、車のためのスペースを作らなくてはならなくなりました。
徹底的に段ボールで埋まった小屋の片付けが始まりました。ホコリにまみれながら、価値がありそうな物とそうでないものにわけ、前者はフリマアプリで売り、後者は処分しました。地道な積み重ねによって、結果的には不用品はなくなり、無事に車を迎え入れることができましたが、とても労力のかかる作業でした。